2019年09月27日

《 旧荒金鉱山の朝鮮人労働者の遺骨収集及び返還について 》




県議会の議事録見てたら、岩美町の旧荒金鉱山での事故に関するやり取りが(2018年9月定例会で)あったのでこれは取り上げておこうと思った。
過去にこのテーマを何度か取り上げているので。

その議会での質問と回答を紹介する前に、まずは旧荒金鉱山の事故にまつわるエトセトラについて簡単に説明すると、

1943年に荒金鉱山で土砂崩れが起きて、そこで働いていた日本人と朝鮮人の労働者や荒金の住人方が亡くなった。
この事故が、朝鮮人の強制連行の話に結びつけられて今日まで来ており、慰霊碑にも被強制連行者と刻まれている。

…と、まぁこういう事だ。
荒金鉱山の事故(昭和18年)は朝鮮人の徴用開始(昭和19年)より前なので、彼らは募集に対し自らの意思で集まった方々であるはず。なので、荒金鉱山で働いていた朝鮮人の人達を強制連行と呼ぶのは間違っていると当ブログは主張する。
旧荒金鉱山での事故の件に関しては過去記事で詳しく書いているので興味のある方は読んでみて欲しい。

 《 荒金鉱山と朝鮮人の強制労働 》
 《 旧荒金鉱山にある供養塔の石碑 》
 《 旧荒金鉱山の碑文について岩美町長は 》
 


では、2018年9月定例会の答弁を紹介。
以下の発言は、荒金鉱山に関する部分を抜粋したものなのであしからず。



◯19番(長谷川稔君):(登壇、拍手)旧荒金鉱山朝鮮人犠牲者の遺骨返還について、平井知事に伺います。
 県東部を中心に、1,200人を超す死者を出した鳥取大地震から75年がたちます。9月9日には被害を語り継ぐフォーラムが開かれたところですが、同時に烈震を受けた旧荒金鉱山での惨事も風化させてはならないと思います。
 1943年、昭和18年9月10日、鳥取大地震により日本鉱業岩美鉱業所の堰堤が決壊し、大量の鉱泥が下流にあった朝鮮人労働者の宿舎や荒金集落をのみ込み、朝鮮人労働者を含む65名が犠牲となる痛ましい事故が起こっております。しかも遺体の一部しか収容されていないままになっています。このことから、毎年現地での慰霊祭では、歴代の在日本大韓民国民団県本部団長から、一日でも早く遺骨を収集し、祖国へ埋葬すること、できれば遺族のもとに届けることが私たちの責務であると訴え続けておられます。
 荒金鉱山において、朝鮮人犠牲者がどうして生まれたのか、内藤正中氏らの著作「鳥取県の歴史」から一部を紹介しますと、いわゆる強制連行は、植民地時代の昭和14年の労務動員実施計画による集団募集に始まり、17年からの官あっせん、19年からの一般徴用で行われております。県下では岩井郡小田村の岩美鉱山に14年と15年に30人ずつを認可、58人を就労させたが、16年6月末までには29人が残るだけとなる。15年には西伯郡大篠津村の美保海軍航空隊の敷地造成工事に400人、16年には100人が割り当て許可をされている。少し飛んで、なお、集団募集は、16年12月には50人増加の610人認可となり、516人の移入就労となるが、18年12月の調査では、268人が逃亡、期間満了、その他で207人が帰国、合計475人がいなくなり、わずか41人になる。
 2年間に限った募集では労働力確保が困難となり、官あっせんの労務動員にかわると記録されています。こうしてみると荒金鉱山での朝鮮人犠牲者は、直接には震災ではありますが、戦時中の労働者不足を補充するため動員された中での被災であり、戦争犠牲者と言えます。
 倉吉でも昭和20年7月に、高城飛行場格納庫の作業中、強制労働者として亡くなった朴福出さんの遺骨を近くの泉光寺に納骨、供養してきましたが、昭和60年になって、遺骨を国営墓地に納骨、さらに納骨から13回忌に当たる平成10年、倉吉仏教会と市民の8名が再び韓国に渡り、墓参が行われたことをかかわった友人から聞いております。遺骨の里帰りも画期的なことでありますが、長年出身地に分け隔てなく、地元住民が供養していたことは評価されるべきであると私は考えているところです。
 荒金鉱山にあっても同様に、今日まで地区住民によってまつられてきており、現在では慰霊祭に岩美町、鳥取県、さらには駐神戸大韓民国総領事館からも参列されるようになっていますが、遺骨の返還は今日まで進展を見せることはありませんでした。
 しかし、ここに来て米朝会談を皮切りに、韓国と北朝鮮の首脳会談も重ねられ、朝鮮半島の緊張緩和に変化、打開の兆候を見せています。南北が協力して遺骨返還に取り組む機運も高まり、ことしに入り、7月には韓国の市民団体、民族和解協力汎国民協議会、民和協は、日本を含めた3カ国での民間レベルの組織を新たに設け、遺骨の発掘や返還を目指すことを発表しました。このことは本来、各国の政府がなすべきことを民間レベルが先んじて取り組む先進性を提起しています。
 折しも全国知事会では、日米地位協定について、沖縄県の故翁長知事の熱心な要請を端緒に、米軍基地負担に関する研究会が設置されました。このことは当事者意識こそが物事を動かす典型と言えるのではないでしょうか。思えば国会議員を務め、早くから慰霊祭を催してこられた吉田達男元岩美町長も、みずからの足元に存在する岩美町の荒金鉱山で、朝鮮の方々が強制労働のさなか被災し、亡くなられたという事実を真摯に受けとめ、対岸にも待ちわびる人があり、遺骨の返還を行って初めて追悼と和平と言えるとの思いに至ったのだと信じています。
 私は荒金鉱山の悲しみの歴史も抱える鳥取県として、アクションを起こしていただき、国を動かし、遺骨返還という政府間事業の実現につなげていただきたいと考えているところです。母国への遺骨返還に政府レベルで取り組むことは、我が国と韓国、北朝鮮との間に横たわるわだかまりを解き、信頼関係を醸成する一助となるのではないかと期待します。まずはその第一歩として、県として遺骨の収集と、母国の返還に取り組むおつもりはないのか、知事の所見を求めます。

◯知事(平井伸治君)(登壇):長谷川県議の一般質問にお答えを申し上げます。
 まず、荒金鉱山のことにつきましてお尋ねがございました。
 この荒金鉱山の痛ましい事故、これは昭和18年9月10日、あの鳥取大震災のときでございました。岩美のほうの荒金鉱山におきまして、石をまとめていました堰堤が崩壊をしたわけでございますが、これによって多くの方の命が奪われる、65名の方が犠牲になりました。そのうち28名が朝鮮人の方でございまして、今なお20名余り、まだ土の中にいるのではないかというふうに言われているところでございます。
 そういう中で、これと同じようなことがほかでもございまして、例えば山口県のほうの長生鉱山のところもそうでございます。長生炭鉱、また美唄炭鉱など、全国各地でやはり同じように労働に従事をしていた朝鮮人の方が事故等で亡くなっていると。長生炭鉱の場合は水の中のものでございまして、いまだ1人も出ているわけではないということでございまして、私どもはある程度、出てきたとはいっても24名まだ中にいるのではないかと、こういうことでございます。
 これは昭和47年に、当時、吉田達男先生が思い立たれまして、こういう朝鮮人や日本人、その遺骨をやはり私どもでしっかりとおまつりしなければいけないのではないかと、こういう問題提起をされて、今、議員がおっしゃいましたように、以来、例年この慰霊を民団の方々や地元の方々、共同して行ってきておられるところでありまして、私どもとしても大切なモーメントなのだろうというふうに思います。このことにつきましては、戦争が絡むことでもございますし、また遺骨の収集というのは、厚生労働省など国のほうの責務という位置づけもございます。
 実は平成16年に盧武鉉大統領と、それから日本の小泉総理が鹿児島で会談をしたときに、こうした遺骨の問題が取り上げられているわけでありまして、日本国政府としてもできることはやっていこうと、こういうような話が当時あったところでございます。ただ、いろんな両国間の事情で、そこから思うように進展しているとは思えないところがございます。
 私も就任した後、何度か民団の皆様ともお話もさせていただき、こうした大切な事柄があるということで、それを国のほうにたび重ねて要請活動もさせていただいております。毎度毎度、向こうの言い方は、いろいろちょっと微妙には違うものの、結論からいえば、結局いろんな事情で動けないというようなことなのだろうと思います。ただ、これは人道問題でもございまして、今も厚生労働省のほうの人道調査室が担当している仕事になっているわけでございますけれども、我々としても粘り強く働きかけもしていかなければいけないのだというふうに思います。
 かなり大がかりな事業になります。出てきたものが4万3,000立米ございまして、これを掘り返して本当に遺骨と認めたところで、DNA鑑定だとか、そうしたこともしていかないと、本当の返還には結びつかないということにもなってきますし、正直、戦時中のことでございますので、全国で同じようなことがあったわけでありますので、政府としての取り組みが待たれるのではないかなというふうに思います。
 本県関係でも、あの荒金鉱山につきましては、年々鉱滓の処理をしているところでありますが、それだけでも年間毎年5,000万円ぐらいかけてやっている事業でございます。かなり昔のことにはなりましたけれども、いまだにそういう形で解決できていない局面があること、深く胸に刻み込まなければならないのではないかなというふうに思います。

◯19番(長谷川稔君):まず、1点目の朝鮮人労働者の遺骨収集及び返還については、ぜひ声を上げ続けていただきたいと思います。そのことから橋頭堡といいますか、足がかり、手がかりになるものが見えてくるのだろうと思いますので、ぜひこれは引き続き、声を高くしていただきたいと思います。

◯知事(平井伸治君):(登壇)長谷川県議から重ねてお話をいただきました。
 まず、荒金鉱山につきましては、心から御冥福をお祈り申し上げたいと思いますし、きょう、この議場でも御議論いただいたこと、それに感謝を申し上げたいと思います。相談役初め、関係の方も非常にこれは憂慮されていまして、そのことを強く私どもも意識した上で、国に働きかけをしてまいりたいと思います。






質問者の長谷川稔氏は現在は勇退されて県議会議員ではない。昔は倉吉市の市長をされていた方。
長谷川稔氏がどんな方かは後で少し触れるが、今はまずこの答弁の内容について。 興味深い点がいくつかある。

まず読んだ時頭をよぎったのは、この人達、この旧荒金鉱山の事故を“徴用工問題”みたいに韓国のたかりの材料にしてもらおうって作戦なんじゃないか?…と云ったような不安。
(国際問題化と表現するのが正しいか疑問だが)国際問題化が狙いなんじゃ?
それが狙いだとしてもそれが実現する可能性は低いと見ているが、そうならないよう一応注意しておいた方がいいかも。
強制連行じゃないし強制労働でもない。てか働きに来た朝鮮人の半数近くが逃亡してるって…。逃亡出来てるじゃん…。強制されててこんなに逃亡できるもんかね。

長谷川さんは強制連行と言ってるが、自分でこの説明してて矛盾に気づかなかったのかな…。


旧荒金鉱山の鉱滓(こうさい)処理に年間5000万出しているってのは知らなかった。過去記事でも触れてなかったはず…うん…。もしかしたら出てたかも…。
この事業は県のではなく国の事業なのかな?


2018年7月に、韓国の市民団体「民族和解協力汎国民協議会」が日本を含めた3カ国での民間レベルの組織を新たに設け、遺骨の発掘や返還を目指すことを発表したって部分も興味深い。
詳しくは、朝鮮新報の2018年8月7日の記事を引用しておく。
ttp://chosonsinbo.com/jp/2018/08/yr20180807-1/


遺骨送還、発掘作業を展開/民和協が都内で記者会見
北・南・日が共同で

南の民間統一運動団体である「民族和解協力汎国民協議会」(民和協)の金弘傑常任代表は、6日、都内のホテルで記者会見を開き、北と南、日本の市民たちが日本の植民地支配により犠牲になった朝鮮人の遺骨送還のための「朝鮮の魂、アリランの帰郷」運動を展開し、民間レベルで過去の歴史の解決を進めていく考えを示した。

金弘傑代表は、7月に北側を訪問し、「民族和解協議会」(北側)の金英大会長(最高人民会議常任委員会副委員長)と協議。北南史上初めて、遺骨送還のための北南共同推進委員会を結成することに合意した。

記者会見には、金弘傑代表とともに、北側の民和協の代理として総聯中央の趙善吾国際統一局副局長、朝鮮人強制連行真相調査団の河秀光事務局長、日本側の代表として「財団法人21世紀日本委員会」の今野由梨理事長が参加した。

金弘傑代表は会見で「植民地時代に日本に連れてこられ、祖国と父母きょうだいを思い流した(犠牲者らの)恨(ハン)の涙をぬぐい、遺骨だけでも祖国に帰すことは、8千万わが民族の責務である」とし、日本で長きにわたり真相究明活動を行ってきた在日同胞と日本の市民団体と共同歩調をとり、最後まで遺骨送還事業を進めていくことを明らかにした。

趙善吾副局長は、北南が共にする遺骨送還事業について「4.27板門店宣言に沿って、民族自主の精神で北南、海外同胞の交流・協力事業を発展させる一環であり、犠牲者の遺骨を故郷に送還することは、北南朝鮮と日本の忌まわしい過去を清算する上で不可欠である」と強調。「北・南・日の明るい未来を切り開くという共通の思いから、今回の(北南の民和協による)合意が生まれた」と述べた。

今後の活動としては、▼東京・目黒区の祐天寺で北側遺族を招いての遺骨との対面と追悼祭の実施▼山口県宇部の長生炭鉱での遺骨発掘・調査▼沖縄県本部(もとぶ)での遺骨発掘・調査、などを展開する。

祐天寺には、「浮島丸事件」(1945年8月24日)の犠牲者を含む、朝鮮人軍人、軍属の遺骨700柱が安置されている。国家間交渉により、南には

※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。




韓国の市民団体が絡んでくるのか…。
発掘作業に掛かる費用を彼らや何なら民団が出してくれるってんなら賛成するが、被害者面してる人達が自分達で金出すとは正直考えにくい。

そして、この答弁の最後の平井知事の発言。『相談役初め、関係の方も非常にこれは憂慮されていまして』。
相談役? …それはこの件についての相談役? それとも、平井知事には相談役が居るって意味? それはどこの誰? すげー知りたい。
平井知事の媚韓はその方が裏で糸引いてるのでは? この件で憂慮するような人ってことはやはり…。


荒金鉱山のこの件についてはあと、2017年10月11日の民団新聞の記事を取り上げて終わる。
民団が毎年やっている供養の式典についての記事なのだが、僕が興味を引かれたのは薛幸夫氏の発言部分。

ttps://www.mindan.org/old/front/newsDetail8b7e.html?category=2&newsid=23786

旧荒金鉱山でも…民団と岩見町共催
 【鳥取】1943年の鳥取大地震で犠牲となった韓半島からの徴用同胞とその家族28人、および日本人の合わせて65人を慰霊する第75回忌式典が9月10日、岩美郡荒金の供養塔前で執り行われた。今年は5年ぶりに岩美町(榎本武利町長)と民団鳥取本部(薛幸夫団長)による共催。前半は仏式、後半は民団側が伝統の儒教式に則ったチェサ(祭祀)を行った。
 薛団長は犠牲者65人のうち、20有余人の遺体は収容されずいまだ地中に眠ったままであると指摘。「遺体を収容、発掘する責務と課題が残っている」と述べた。そのうえで「荒金こそ在日の原点の地。これからもここに立ち続ける」と誓った。
 犠牲となった同胞は日本鉱業株式会社岩美鉱業所で厳しい条件の下で働かされていた。地震で流出した大量の鉱泥は同胞労働者の飯場を直撃し、さらにその下の荒金集落まで襲った。同胞犠牲者の遺体は泥流のいちばん下から2体のみ見つかった。日本鉱業は48年に事故現場に供養塔を建立し、犠牲者を慰霊するようになった。

(2017.10.11 民団新聞)



荒金こそ在日の原点の地。って発言。どういうことだろう。
なんか昔、定有堂書店のホームページだったと思うんだけど、そこが薛幸夫氏のコラムを連載してて、その中の一つで自身の出生に関する話をしていたようなしてなかったような…。うろ覚えな上にそのコラムのページも見つからないし、残念…今もう一度読みたいのだが…。
鳥取県の在日は、荒金鉱山の労働者とそれについてきた親族から広がっていったという意味の発言と読んでいいのだろうか。いや、それ以外に解釈のしようがない気がするのだが。
長谷川稔氏の発言から、集団募集で来た朝鮮人の半数近くが逃亡してたみたいだし、それとの関連もありそうな気がしてならないね。




最後に、長谷川稔氏がどんな人物か取り上げて終わる。この記事とは別にして長谷川稔氏をがっつり取り上げられたらいいのかもしれないが、その気になったらこの部分をごっそり抜き取ればいいし、今手元に揃えた情報は出してしまおう。

まずは ttp://www.asahi.com/area/tottori/articles/MTW20190508320940005.html から引用⇩




令和に生きる 平成をたずねて【選挙編】

革新色を薄め 超党派連携

【選挙編 3】

◆前倉吉市長 長谷川 稔さん

 はせがわ・みのる 昭和22年生まれの72歳。昭和51年4月の倉吉市議補選1位当選。52年9位、56年4位、60年5位、平成元年1位で市議選に当選。5年の市議選には不出馬。6年に市長選で落選後、7年と平成11年県議選で当選。14年に倉吉市長初当選、18年無投票当選、21年出直し選で当選。23年、27年の県議選に当選。計13戦で勝率9割。

 平成14年4月1日付の朝日新聞鳥取版にある「長谷川稔さん初当選 倉吉市長選」という記事。高卒でスーパー社員や市議を経た55歳の前県議の長谷川さんが、自民党や民主党の推薦をはじめ連合鳥取や部落解放同盟市協議会など約140団体の支援を取り付けて組織選挙を展開した64歳の現職の4選を阻んだ、という内容だ。

 長谷川さんは、社会党県職員を経て昭和51年から市議となった。当時すでに市議5選、県議再選を果たすほど議員歴は長いものの、野党系の一匹おおかみ的な立場で行政経験は無かった。平成6年の市長選では同じ相手に敗れている。多選批判があった市長選挙だったとはいえ、なぜ長谷川さんは勝てたのか。

 その理由は、同じ記事中にさらりとあった。「これまでの革新色を薄めて、地元の自民党県議と連携」と。

 当時、その自民党県議には、市政へ影響を与えたいのに思うようにならないことへの不満があったという。県議と共闘したことで、長谷川さんも「一党一派に属さない市長を目指す」として、無所属で立候補した。縁の無かった企業・団体を回ったり、自民党国会議員のパーティーに顔を出したりした。

 もともと倉吉は、候補者の決起集会で動員数を競うなど、選挙戦が激しい土地柄だったという。「かつての市長選では、立候補準備をしていると嫌がらせの電話が繰り返され、自殺に追い込まれた人もいた」と長谷川さんは振り返る。

 「いい戦いになる」といううわさがたったこの平成14年の市長選。ついに、封筒に入れた5万円を渡して票のとりまとめを同僚市議に依頼したとして当時の市議会議長が公職選挙法違反容疑で逮捕されるに至った。

 平成18年にあった再選を目指す市長選では、戦後に倉吉市制が始まって以来初めての無投票当選を果たし、市議会の最大会派の市議に「『選挙に強い長谷川さん』というイメージが強く、対抗馬は出にくかったのでは」と言わしめた。平成21年の新斎場建設を巡る出直し選挙でも当選。だが、3期目を目指すこと無く市長を引退。その後は今年まで県議をさらに2期務め政治家として引退した。 

◆批判票を掘り起こす ■どぶ板でなく「草の根」

――なぜ出直し選挙までして倉吉市長に当選したのに3期目を目指さなかったのですか

 新斎場問題で疲れ切ったのが一つ。もう一つは、市の執行部が一枚岩で無くなったこと。もともと社会党系で、保守系ではない市長なので主流派ではない。前市長の旧体制側についていた関係者の力は残っており、当時の三役の1人は、市長の私が訴える政策に公然と反対を唱えるようになっていた。県議を務めた父が再選を目指して落選する姿を目の当たりにしていたし、家業を継いだ兄から「選挙なんてするもんじゃない。どうしても選挙をするなら人を心配させてはいけない」と言われていた。足元がぐらつくなか3選を目指して選挙を行うことはできなかった。

 ――もともと社会党市議という経歴です

 昔、鳥取は社会党が強かった。足鹿覚さんや中田吉雄さん、野坂浩賢さんに武部文さんといった国会議員がいた。

 父が県議を1期つとめ、社会党の県の選挙対策委員長をする姿を見ていた。家業のかまぼこ店がテナントとして出店しているスーパーの鮮魚部で9年半働く中、「商売で喜んでもらうように、政治の仕事で人に喜んでもらえないか」と思うようになり、昭和49年8月から社会党県本部倉吉総支部の職員として機関紙づくりなどに従事した。

 政党は機関紙収入や党員からの党費で運営をするべきだ。政党交付金をもらうと、どうしても政府の方針に縛られ、自由な活動ができない懸念がある。政党交付金による政党助成制度が行われることが中選挙区制から小選挙区制への移行と抱き合わせで決まる平成6年ごろ、社会党を離党しました。

 ――引退まで市議選5選、市長選3選、県議選4選された長谷川さんですが、政治家としての初当選は、昭和51年に社会党公認で立候補した倉吉市議補欠選挙でした

 最初に補欠選を経験したことは良かった。通常の市議選は、自分の地盤を固める選挙スタイルだが、補欠選には「地盤」という考えはなく「全市的」な運動が必要だったので、最初に「選挙ってのは、幅広く支持を訴えるもんだ」と学んだことは、その後の県議選、市長選にもつながった。

 ――特定の組織や団体の支援を受けずに草の根運動でコツコツと積み上げたとされる「長谷川票」(平成15年4月2日付の朝日新聞鳥取版から)や「長谷川党」と呼ばれる熱烈な支持者もいる(平成23年4月7日付の朝日新聞鳥取版から)など、選挙の強さが際立つ長谷川さんですが、平成6年に出馬した市長選では落選しています

 当時、倉吉市で公金に絡む疑惑があり、「疑惑がある中の選挙に対立候補を出さないわけにはいかないだろう」ということで、選挙2カ月前に出馬を決意した。ただ、相手は各政党相乗り支援の保守系現職候補。自分は市議3人しか応援してくれなかった。市政への批判票は集まったが落選しました。

 ――翌年、県議選にでて当選しています

 選挙までの1年間、戸別訪問で歩きに歩いた。アポも無く、玄関扉をノックし、「こんにちは」と声をかけながらそっと開けちゃうスタイルでした。1回目の訪問ではけげんな顔をされても、2、3回目になると顔は知ってもらえた。地盤は無いけど、市内全域を回るスタイルで、本当に3巡は市内を回った。この3巡が、既成政党への批判などを掘り起こした。

 ――どぶ板選挙ですね

「どぶ板」って、裏通り感やコソコソ感があるでしょ。誰よりも私を理解して助けてくれている妻が嫌がります。私がしてきたのは、表舞台で踏まれても立ち上がる感じもある「草の根選挙」です。 (聞き手・長崎緑子)




―引用ここまで


社会党県職員だったのかぁ。
あと、以下によると、長谷川稔氏は県革新懇の代表世話人らしい(2018年12月21日時点)

ttp://kakushinkon.org/activity/%e6%96%b0%e7%b5%90%e6%88%90/2003.html
2018年12月21日掲載

★結成総会を開きました  鳥取・三朝革新懇

三朝(みささ)革新懇の12月8日の結成総会では、県革新懇の代表世話人である長谷川稔県議が来賓あいさつをおこない、鳥取県9条の会代表の浜田章作さんが記念講演。そのあと、伊藤英司岡山大学名誉教授、知久馬二三子元社民党県代表、宮本一治さん(日本共産党三朝支部)の3人の代表世話人含む、7人の世話人を選出し、「設立宣言」を採択。「小さく生んで大きく育てよう」と、意気高く発足しました。(岩永尚之さんFBから)



共産党とも関係があるのか…。
当ブログの過去記事によると、2016年の共産党新春の集いに挨拶しに来てるし。
あと過去記事によると、平成7年5月定例会で県職員採用資格の国籍条項を廃止しろ(つまり外国籍でも県職員になれるようにしろ)って発言してる。









posted by 前田 at 17:25| Comment(1) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月25日

《 10年赤字の航路に10年で6億円の助成金 》



米子ソウル便の10月からの無期限運休が決定したというニュースを見た時、これを受けて平井知事が今後取るであろう動きの予想の一つに、『米子ソウル便が駄目ならDBSクルーズに力を入れる』というのがあった。

因みに、DBSクルーズフェリー社というのは韓国の運航会社で、境港と韓国・東海とロシア・ウラジオストクを結ぶ定期航路を運航している。

空がダメなら海ということで、この航路への依存・税金投入を強めると思っていた。

それに関連して山陰中央新報さんの記事が参考になったのでを取り上げておく。

山陰中央新報 2019年7月25日
ttp://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1564023607864/index.html


日韓ロ定期航路/安定運航へ官民連携を

 境港(境港市)と韓国・東海、ロシア・ウラジオストクを結ぶ日韓ロ定期貨客船の乗客が今月に入って急減している。元徴用工問題などを巡って険悪化する日韓関係の影響で大半を占める韓国人乗客が落ち込んでいる。
 同貨客船航路を巡っては運航会社のDBSクルーズフェリー(本社・韓国)の経営陣交代に伴い、日本側寄港地が境港から変更される懸念も浮上していたが、同社は継続する方針を鳥取県に伝えた。
 しかし航路開設以来10年間にわたって続く赤字が、日韓関係の悪化などでさらに増えるようになれば、中長期的には航路廃止や寄港地が変更される懸念は残る。
 同航路を将来にわたって存続させるために日韓関係の早期修復を図るとともに、観光やビジネスを通じた環日本海交流を促進しなければならない。
 DBS社の株式一部売却に伴って今年6月経営陣が代わり、赤字解消に向けて新社長が航路変更の可能性などに言及していた。2009年に開設された同航路は貨物部門の不振で毎年赤字が続き、昨年の最終赤字は3億8千万円に上っている。
 運航効率を上げるため10年、週2回運航から1回に減便。不足する取り扱い貨物を増やすため、15年から境港に到着後、舞鶴港(京都府)に寄港して集荷しているが、赤字は続いている。
 鳥取県の調べによると、同航路の境港−東海の昨年乗客数は2万7815人で、前年比17%減。貨物取扱量は9%減の6498フレートトン。 今年に入ってからも旅客、貨物とも減少し、特に日本から韓国向け半導体材料の輸出規制が強化された今月から乗客数が急減。昨年は284人だった1便当たりの平均乗客数は今月に入って200人を割り、ピークだった17年の336人から大幅に減った。
 乗客の大半は韓国人で悪化の一途をたどる日韓関係が影を落としているようだ。しかし国家同士のいがみ合いと自治体や民間レベルの交流は切り離して考えるべきであり、韓国と山陰との交流のパイプを細らせてはならない。
 同航路は日韓ロを結ぶ国内唯一の海上ルートで、インバウンド(訪日外国人客)観光や物流の日本側の玄関口として境港が果たしている役割は大きい。
 特に多い年で3万人以上が利用する韓国人観光客が落ち込めば、宿泊や飲食などを通じた山陰の観光産業への打撃は小さくない。同航路を利用した旅客の宿泊などによる経済効果は、昨年だけで5億8千万円に上る。
 鳥取県は同航路の黒字化を支援するため、乗客、貨物の需要増対策の検討に乗り出している。自転車を積めるフェリーの特長を生かしてサイクリングコースが開通することなどを積極的にアピールするとともに、遠隔地からの集荷を促すため、陸上輸送距離に応じて荷主に対する助成金を増やすことも検討している。
 DBS社に対しては鳥取県と周辺自治体が毎年運航経費を助成しており、18年度までの助成累計額は6億3750万円に上る。
 日本海側の貿易港として境港の拠点性を高めるために官民の協調を欠かせない。同社の新経営陣には、地元官民と一体となって中長期的な需要増対策に取り組んでほしい。


―記事ここまで




・就航以来10年間ずっと赤字。 2018年は3億8千万円の赤字。
・鳥取県と周辺自治体の助成額は、18年度までで6億3750万円。

…つまり、境港―韓国東海―ロシアウラジオストクの定期航路は、10年間で6億3750万もの助成を受けながらも、ずっと赤字の路線である。 これはしっかり認識しておこう。
てかこの周辺自治体って島根県の自治体も含まれてるのかな?

外国の会社の赤字続き航路に助成を出し続けるのが健全な状態であるとは思えない。
だってそもそもこのDBSへの運航経費助成って、航路の初動支援ってことで出し始めた過去記事そうなのに、それが10年続いてるってとこで見ても健全じゃないと思う。
もっと早くに、安定して運航してくれそうな別の運航会社・航路を開拓すべきだった。より利益が出るであろう航路の模索をすべきだった。(してるのかもしれないが、僕は知らない。)
そしてベストなのは、それが日本の運航会社で、韓国のような反日国じゃない国との航路であること…だと考える。
過去記事で理屈は散々書いたが、韓国は選ぶ相手として間違っている。鳥取県もいい加減にそれを認めて損切りしてくれないかな。

県の今後の動きとしては『サイクリングコースが開通することなどを積極的にアピールするとともに、遠隔地からの集荷を促すため、陸上輸送距離に応じて荷主に対する助成金を増やすことも検討している。』の部分だね。
赤字路線に依存すると、テコ入れテコ入れでこうやって助成も嵩むわけで…。


最後に、鳥取県議会の議事録に、DBSの赤字と助成に関する答弁があったので、発言のその部分だけ切り抜いて紹介する。
質問者は日本共産党の市谷知子議員。
日本共産党のしている主張や活動は個人的に許せないものばかりだが、この意見には賛同する。

http://www.db-search.com/tottori/index.php/

平成31年2月定例会(第9号)より、発言を省略して引用する。



5番(市谷知子君):また、10年目の韓国−ロシアを結ぶDBSクルーズ船の赤字額と合計税金投入額を。

知事(平井伸治君):次に、DBSにつきましてお尋ねがございました。これにつきましては、中海の市長会や経済界など、いろんな要請がある中、続けているところでもございますが、これにつきましては商工労働部長からお答えを申し上げます。

商工労働部長(吉村文宏君):DBSは、本年10年目を迎えておりまして、お客様を25万人以上運ばせていただいているところでございますが、地元経済界でも大変評価をいただきまして、支援の要望等をいただいているところでございます。
 県の支出額、それから赤字額でございますが、単年でございますと、2018年、平成30年度で県の支出額は、まだ見込みでございますが、3,300万円余、それから合計ということでございますと、就航しました平成21年からの累計でございますが、これも未確定でございますが、見込みで約4億円余が合計でございます。それからDBSの赤字額も、これもまた決算集計中でございますが、見込み額で2018年、単年でございますが、これは3.8億円余の赤字額というふうにお聞きをしております。

5番(市谷知子君):韓国−ロシアを結ぶDBSクルーズ船は10年間で4億円税金投入しても3.8億円の赤字です。呼び込みのため、外国の船に無秩序に税金を投入し、来年度予算、観光大交流には87億円、福祉あいサポートには11億円、これでいいのでしょうか。



―議事録ここまで



県が4億ってことは、つまり6億引く4億で周辺自治体は大体2億円くらい助成金を出してきたって見ていいのかな。








posted by 前田 at 19:31| Comment(0) | 観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月18日

《 米子ソウル便、無期限運休決定 》



鳥取県と韓国ソウルを結ぶ国際航空便、米子―ソウル便の無期限運休が決定。 運休は10月から。
今のところ、路線の撤退というわけではない。

今回のブログ記事は、この米子ソウル便無期限運休についての日本海新聞の記事をいくつか紹介する。
 ・運休について
 ・利害関係者の反応
 ・今後の自治体の動き
の順で見ていくことになる。

ではまず、運休について、2019年9月13日の日本海新聞の1面の記事で詳細をチェックしてもらいたい。一部省略して紹介。
記事、以下より―



米子ソウル便運休へ
来月から、日韓関係悪化影響
01年就航以来初

 格安航空会社(LCC)のエアソウルは12日、米子―ソウル便を10月から期間を決めず運休すると明らかにした。日韓関係の悪化で利用者の7、8割を占める韓国人客が激減し、搭乗率の向上や採算が見込めないことが理由。同社は、両国の間で関係が修復され、需要回復の見通しが立てば再開する可能性も示した。2001年の就航以来、同便が運休するのは初めて。  (24面に関連記事)
 同日、エアソウル米子支店(境港市)の山根保彦支店長が鳥取県庁を訪ね、平井伸治知事に運休を伝えた。
 =中略=
 その上で「路線撤退ではない。米子―ソウル便はカニ、温泉目当ての韓国人客が増える冬に強い。日韓関係が少しでも良くなれば必ず再開の対象路線になる」との見方を示した。
 平井知事は日韓の政治、外交上の関係悪化を背景とした運休について「全国的な問題で米子便が残るのは難しい状況。ただ、再開への態勢は整えておきたい」と述べた。
 =後略=


―記事ここまで




前からエアソウルは経営難からか日本の地方都市との路線を減便してたみたいだし、そこに今回の日韓関係悪化とやらが追い討ちをかけて米子ソウル便運休が決定と…。
今回の“日韓関係の悪化”の正体が、『核兵器の材料にもなる物質を他国へ横流ししてた韓国に対し、日本が正しい対処を行ったら韓国が逆恨みして関係ない反日ばかりしてる現状』である以上、日韓関係の改善とは不正輸出問題の解決だと考えるが、問題は果たして解決するのだろうか。だって韓国の現政権は不正輸出を認めてすらないしね…。
仮に日韓関係がマシになったとしても、運航再開はエアソウルの経営状況が悪ければ難しいような…。
山根支店長は「米子ソウル便は冬に強いから必ず再開の対象路線になる」と仰っているが、根拠が“冬に強い”ってだけだと じゃあ冬だけのチャーター便で十分 って話だし、定期便の再開の根拠としては弱いような。

まぁ兎に角なんだ…。 外国の会社の決めたことに対し、日本の自治体(それも県のトップ)が頭下げに行くなんてもう二度としないで欲しい。
2007年8月に、アシアナ航空に運休を伝えられ平井知事はアシアナ本社に行き運航継続をお願いし、運航は継続されたという過去がある。(ttp://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=31163)
この後紹介する日本海新聞の記事にも書かれているが、この時平井知事は運休を阻止する為、頭を下げるだけじゃなく赤字補償を約束してるからね…。
今回も平井知事はこの時と似たような動きを速攻ですると思ったが今のところ自重しているみたいだ。



次は、米子ソウル便運休決定を受けての、県内の利害関係者達の反応を取り上げた記事を紹介。
2019年9月13日の日本海新聞24面の記事を以下引用―



「まさか運休とは」
交流や観光 影響懸念県内関係者早期の再開願う

 「残念。寝耳に水だ」。県西部地区日韓親善協会の杉原弘一郎会長は驚きを隠せない様子。日韓関係が深刻化する中、民間交流を継続しようと10月下旬に韓国の江原道束草市訪問を予定し、米子―ソウル便の路線維持を働き掛けていたという。「まさか運休になるとは。一日も早く復活するように取り組みたい」と力を込めた。
 在日本大韓民国民団県地方本部は21日に江原道春川市から韓国人を招いて食文化交流を開く予定で、11月にも県東部地区日韓親善協会と連携し、60人規模の韓国ツアーを計画していた。県と江原道の交流の礎を築いた薛幸夫常任顧問は「20年以上かけて育ててきた空の道。(運休は)一時的と信じ、より良い状態に戻したい。他の空港を使ってでも、規模を縮小してでも11月の交流は実施したい」と述べた。
 皆生温泉旅館組合の柴野清組合長は、同温泉を訪れるインバウンドの中でも韓国人は多かったとし、「大きな痛手」と頭を抱える。旅館だけでなく、周辺の飲食店などにも影響が及ぶことに危機感を募らせ、「(日韓関係が)早く正常化し、また訪れてもらえることを願うばかり」と日韓の関係修復を求めた。
 海外のうちアジア圏からの観光客が約9割を占める水木しげる記念館(境港市)は昨年、韓国からの入館者者が国・地域別で香港や台湾に次いで3番目に多かった。庄司行男館長は「韓国からの観光客は16年から右肩上がりで増えていた。飛行機だけで来ていただいているとは限らないが、境港市発着の直行便が遮断されるのはすごく残念。一日も早く元通りになることを切にお願う」と語った。
 青山剛昌ふるさと館(北栄町)の石田敏光館長は「非常に残念としか言いようがない。韓国は熱烈なコナンファンが多い国の一つだが、7月以降団体ツアーがなくなり韓国人来館者は半減した。米子―ソウル便がなくなると個人客も来なくなるだろう。コナンファンの方が気の毒でならない」と話した。
 鳥取、島根両県の官民71団体で構成する国際定期便利用促進協議会の足立統一郎会長は「利用者が激減しているという事情を斟酌しないといけない。希望を持ちながら、風向きが変わるのを待つのみだ」と声を落とす。その上で「観光業や旅館など影響を受ける関係先には、県が支援するなど対策が必要だ」と訴えた。


路線育て20年 友好維持を
 【解説】米子―ソウル便の運休決定を受け、鳥取県内の経済、観光観光者に衝撃が走った。日韓両政府の政治、外交上の問題に対し、自治体や民間ができることは限られている。可能な限り韓国との交流を維持し、県の認知度を落とさないよう努める一方、台湾や中国、東南アジアにも誘客の裾野を広げていく必要がある。
 県関係者によると、韓国の旅行会社がインターネット上に日本ツアーを大きく掲載しただけで、たちまち反日派から批判を浴び、サイトが炎上するという。エアソウル米子支店の山根保彦支店長は「日本旅行をすると言える雰囲気ではない」と現地の様子を語る。
 だが、米子―ソウル便は約20年にわたって県全体で育ててきた路線。県は本年度も着陸料など約7600万円(当初予算)を支援している。税金投入が批判されることもあったが、県の訪日外国人宿泊者19万5千人(2018年)のうち、韓国人は最多の5万4千人。28%を占めており、費用対効果は高い。
 気楽に行き来できる距離感と異文化交流の蓄積は、路線があればこその恩恵だろう。11日に県幹部がソウル市のエアソウル本社を訪れた際、同社役員は「米子―ソウル便へのわれわれの思いは深い」と特段の親近感を語ったという。路線を通じて友好関係を築いてきた年月を物語っている。
 今回の運休により、これまで培ってきたつながりが希薄になる事態は避けなければならない。心理的な距離を保ちつつ、再開の日を待ちたい。  (岡宏由紀)

―記事ここまで




薛幸夫氏が「20年以上かけて育ててきた空の道。」と記事内で言ってるが、それは則ち、今まで搭乗率が3割台になっても米子ソウル便が続いてきたのには民団の関与が在る という意味ですか?
それとももっとマイルドな意味で、民団が韓国との交流ツアーをすることで搭乗率に貢献してきた って意味かな?
民団による韓国への交流ツアーには、交流という目的だけでなく、米子ソウル便の搭乗率を上げる狙いもあるって自分達で言ってるし。(民団新聞→ttps://www.mindan.org/news/mindan_news_view.php?cate=6&page=1&number=24398&keyfield=&keyfield1=&key=)
ついでに書いておくと、東部地区日韓親善協会と在日本大韓民国民団鳥取県地方本部は住所・電話番号が同一。東部地区日韓親善協会の代表は鳥取市議会議員(現職)の岡田信俊議員であるが、これの副代表は(確認は2017年12月22日時点では)薛幸夫氏。(鳥取県のHP→ttp://db.pref.tottori.jp/pressrelease.nsf/webview/7365DA3EFEF47F6D492581FE0003D79B?OpenDocument)
あれ〜おかしいぞ〜(コナン君)。
…現職の市議会議員が露骨に民団のお仲間って…。 この話は今は本題じゃないからここまで。


あと言いたいのは、足立統一郎氏の「観光業や旅館など影響を受ける関係先には、県が支援するなど対策が必要だ」の発言について。
あなたは米子ソウル便の維持に関わってきた方で、鳥取県が韓国にこだわってきた施策の関係者の一人であることを否定はさせない。
韓国は竹島を不法占拠しているような反日国で、常に関係悪化の火種を抱えている国なのにそれでも韓国との関係を勧めてきた立場の人が、予測通り関係悪化して観光業に損が出たら “県が支援すべき”?
確かに県が支援していいとは思うが、あなたがそれを言える立場なのか…。
その支援は税金でしょ? 国際定期便利用促進協議会が自治体(税金)から支援してもらってきた分を回してあげたらどうですか?
(平成31年度当初予算を見ると、国際定期便利用促進協議会の全体事業費3千万のうち県が1千万出してる。)


そして、日本海新聞の記者による【解説】について触れる。

まず、日本海新聞が『台湾に誘客の裾野を広げていく必要がある。』と書いてるのは、評価すると共に、言質頂きました…と云ったところ。

そして、『県関係者によると、韓国の旅行会社がインターネット上に日本ツアーを大きく掲載しただけで、たちまち反日派から批判を浴び、サイトが炎上するという。エアソウル米子支店の山根保彦支店長は「日本旅行をすると言える雰囲気ではない」と現地の様子を語る。』の部分は興味深い。
あれ…?韓国政府は反日でも、民間にはそんな反日の雰囲気はないって言ってる人がいた気がしたが…。僕の勘違いだったかな…?勘違いだったみたい。

あとは、税金投入について『韓国人は最多の5万4千人。28%を占めており、費用対効果は高い。』と書いておられるが、それは“韓国である必要性”とは別。
鳥取県との直通便が空と海にある唯一の国韓国から一番多く人が来ているのは当たり前の事象だし、反日国じゃなく親日国との路線に税金投入した方がもっと費用対効果が高いのでは?
そして、利益が出る事は大切だけど、外国の会社の為に税金から補助金を出し続けているのは日本の自治体として良い状態とは言えないと個人的には考える。


次は、今回の米子―ソウル便無期限運休の知らせを受けて、県や米子市やらが集まって今後の対策を話し合った…という記事を紹介。

2019年9月14日の日本海新聞25面の記事を一部省略して紹介。




緊急企画 運休の衝撃 「米子―ソウル便」 上
騒動 まるで津波
過去と状況異なる危機

 =前略=

外的要因

 「韓国からの利用客が改善する見通しが全く立っていない」。12日午後、鳥取県庁に平井伸治知事を訪ねたエアソウル米子支店の山根保彦支店長が重い口を開き、同便の「運休」の方針決定を伝えた。
 同便は就航から18年以上にわたる歴史の中、何度も搭乗率の低下にあえいだ。03年の新型肺炎(SARS)問題を皮切りに、島根県の「竹島の日」条例成立で日韓関係がぎくしゃくした05年など主に外的要因に大きく影響を受けてきた。
 最も深刻だったのは、同便の利用低迷を受け、当時の運航会社アシアナ航空が県に運休方針を伝えた07年。平井知事らがソウルのアシアナ航空本社で社長と直談判し、赤字を直接補償する緊急支援策を提示するなどして運航継続を要請。江原道との交流再開など県の取り組みも評価され、運休の危機を回避した。
 当時と今回の状況の違いについて、平井知事は「全国の地方空港が一斉に運休騒ぎになっている。ある意味、津波のような状態だ」と嘆息。「米子便だけ生き残る形も目指したが、韓国側の社会情勢もあり、エアソウル側の提案を受け入れざるを得ない」と語った。

 =中略=

 ただ、エアソウルの親会社アシアナ航空を傘下に置く韓国中堅財閥「錦湖アシアナグループ」は4月、資金難を理由にアシアナ航空やエアソウルを売却すると発表している。今回の運休はエアソウルの移管先の募集時期と重なり、米子からの撤退という“最悪のシナリオ”の可能性も頭に入れておく必要がある。

―記事ここまで




この記事を読むと、今回は平井知事は頭下げに行かない様子だ。知事の訪韓はなくとも、県幹部を遣るなど間接的にエアソウルと接触・交渉はあると思うので、今後の動向はチェックしたい。

記事に『江原道との交流再開など県の取り組みも評価され、』とあるが、江原道との交流再開の条件は「国家間の問題は口にしない」(つまり竹島の事には触れない)だったことを鳥取県民は知っておくべきだろう。
(関連過去記事→http://tottorihoshu.seesaa.net/article/390051463.html


最後の部分を読むと、米子からの撤退は十分可能性あるなと思った。



この記事のすぐ下の記事も、県や米子市の今後の動きが見えて興味深いので紹介。記事の紹介はこれで最後だ。
記事以下より―



韓国人客減少見据えた誘客を
県、ソウル便運休対策会議

 エアソウルが運航する米子―ソウル便が10月から無期限運休することを受け、鳥取県は13日、米子市内で米子、境港両市の行政、経済関係者らを集めた「国際航空・インバウンド対策会議」を開いた。韓国人客の減少を見据え、中国や東南アジアなど多角化したインバウンド誘客を目指す方向性を確認した。
 会議冒頭、平井伸治知事が12日にエアソウルから運休の報告を受けたことを説明。県は中国・上海と米子を結ぶ定期便の就航が最終調整段階にあることや、シンガポール、ベトナムなどに県を売り込んでいることを紹介し「国際リゾートとして、多角化したインバウンド観光を引き入れていきたい」と述べた。
 これに対し、米子市の伊木隆司市長は「インバウンドの多角化はソウル便が好調だった時期からの課題だが、対応が遅れていた」と同調。近く台湾での催しに参加して皆生温泉を売り込むほか、市内のライフセービングクラブが交流するゴールドコースト(オーストラリア)などからの誘客も目指す考えを示した。
 また、国際定期便利用促進協議会の足立統一郎会長は大阪を訪れるインバウンドを山陰に引き込む動きを強化する必要性に触れ、境港商工会議所の堀田收会頭は、各市町村が交流事業などを通じてインバウンド需要を掘り起こすべきだと持論を語った。
 一方、平井知事は米子―ソウル便の運休で影響を受ける旅館などを対象に、融資制度などの支援措置を設けたい方針も示した。
    (井上昌之)


―記事ここまで




鳥取県が国際リゾート路線を目指すことの是非については述べないが、とりあえず多角化することで韓国依存から脱却すべきだと思っているのでこの方向でやって欲しい。

米子市の伊木隆司市長の「インバウンドの多角化はソウル便が好調だった時期からの課題だが、対応が遅れていた」という発言はその通りだと思う。ただ、好調だった時期がいつの事かは分からんが、不調だった時になんで課題にしなかったんですか…とは思う。伊木隆司氏が市長に就任した時期って搭乗率どうだったっけ…まぁそれはいいや。


最後。
平井知事は米子―ソウル便の運休で影響を受ける旅館などを対象に、融資制度などの支援措置を設けたい方針も示した。』とあるね。やはり県として支援するんだね。いいんじゃない?前回のブログ記事でも書いたが、こうなった責任は当然、韓国に固執してきた行政にもあるのだから。





【2019年9月30日追記】⇩

今回の件の補足として、分かりやすい動画を貼っておきます。 岡宏由紀記者には観ておいて欲しい。


【教えて!ワタナベさん】打つ手なし!韓国経済、残るは悪夢の日韓通貨スワップ?[桜R1/9/28]
https://www.youtube.com/watch?v=Tvvbs8z2V_U&t=183s





posted by 前田 at 17:16| Comment(0) | 観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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